主のあわれみを求める祈り 詩篇57篇 2015/09/24

 

指揮者のために。「滅ぼすな。」の調べに合わせて。ダビデのミクタム。ダビデがサウルからのがれて洞窟にいたときに。「洞窟にいたときに」は142篇にも付けられている.状況はⅠサム22:1か24:3が考えられる。

 

Ⅰ ダビデの苦しみ 4~6節

 

Ⅰサム22:1 ダビデはそこを去って、アドラムのほら穴に避難した。彼の兄弟たちや、彼の父の家のみなの者が、これを聞いて、そのダビデのところに下って来た。

 

ダビデの活躍と名声にサウル王は嫉妬して怒り狂いダビデを殺そうとする。ダビデは荒野に逃れるが逃げて行った先でも、それを知ったその地の人々がサウル王にその場所を教える。ダビデはまたサウルから逃れなければならなかった。

 

57:4 私は、獅子の中にいます。私は、人の子らをむさぼり食う者の中で横になっています。彼らの歯は、槍と矢、彼らの舌は鋭い剣です。

57:5 神よ。あなたが、天であがめられ、あなたの栄光が、全世界であがめられますように。

57:6 彼らは私の足をねらって網を仕掛けました。私のたましいは、うなだれています。彼らは私の前に穴を掘りました。そして自分で、その中に落ちました。セラ

* サウル王に命を狙われ逃げている中でも、彼の願いは神が崇められること。主の祈りの第一の願い。サウル王に忠実に仕えていたダビデ。しかし、恐れと嫉妬からサウル王はダビデに対して殺意を抱く。しかも、民もサウルに味方し、居場所をサウルに告げる。そのような逃亡生活の中での苦しみ。4,6節 絶体絶命のピンチ。そのような中でも休むことができるのは主の守りに対する確信があった。ダビデほどでなくても私達にもストレスのたまる状況、苦しみに囲まれることがある。逃げ道の見えないことがある。そんな時どうするのか?

 

Ⅱ 救いを求めて祈るダビデ 1~3

 

57:1 神よ。私をあわれんでください。私をあわれんでください。私のたましいはあなたに身を避けていますから。まことに、滅びが過ぎ去るまで、私は御翼の陰に身を避けます。

57:2 私はいと高き方、神に呼ばわります。私のために、すべてを成し遂げてくださる神に。

57:3 神は、天からの送りで、私を救われます。神は私を踏みつける者どもを、責めておられます。セラ  神は恵みとまことを送られるのです。

 

* ダビデは苦しみの中で神にあわれみを求めて祈り叫んだ。誰のところでもなく、天地の創造者、支配者である神を避けどころとして信頼した。神の約束を信じて主を待ち望んだ。そして、主の約束の通りに王となる。逃亡生活の中でも逃げるか、戦うか・・・折々に主の導きを求めて行動している。

 

Ⅲ ダビデの感謝と賛美 7~11節

 

57:7 神よ。私の心はゆるぎません。私の心はゆるぎません。私は歌い、ほめ歌を歌いましょう。

57:8 私のたましいよ。目をさませ。十弦の琴よ。立琴よ、目をさませ。私は暁を呼びさましたい。

57:9 主よ。私は国々の民の中にあって、あなたに感謝し、国民の中にあって、あなたにほめ歌を歌いましょう。

57:10 あなたの恵みは大きく、天にまで及び、あなたのまことは雲にまで及ぶからです。

57:11 神よ。あなたが、天であがめられ、あなたの栄光が、全世界であがめられますように。

 

 ダビデの神への信頼と確信。賛美と感謝。神の恵みとまことの告白。主のみ名が崇められることを求めるダビデの願い。主の祈りに出てくる最初の願い「御名が崇められますように」被造物アダムとエバ:自分が神のようになる。自分の栄光↓ イエス様:神なのに人となって来られ、十字架の死にまで↑栄光

 

祈り:天の父なる神様。ダビデのようにあなたに感謝と賛美をささげるものとならせてください。アーメン

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