見えないものに目を留める  Ⅱコリント4:16~18  2015/6/18 

 

多くの人はお金や学歴、顔かたちといった目に見えるものに影響されて生きています。しかし、本当に大切なものは見えません。見えないものこそ大切で永遠に続くものです。

 

Ⅰ 日々新たにされる内なる人 16節

 

4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。

 

肉体は老化し、やがて朽ちていく。生まれた時から人は日々死に向かっている!しかし、神様は私たちに朽ちることのない天上の体を備えてくださるのです。

5:1 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。

その保証として神様は信者に御霊を与えてくださったのです。5:5

その内住の御霊によって内なる人は日々新たにされるのです!

コロサイ3:10 新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです。→救い主イエス様に似た者へと死ぬまで成長を続ける!

 

*    肉の体の成長のために必要な栄養、呼吸、運動。同様にクリスチャンは神の御言葉と祈り、御言葉の実践により成長するのです。

 

Ⅱ 永遠の栄光をもたらす患難 17節

 

4:17 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。

 

パウロの通った現実の艱難は私たちから見るととても軽いと言えるようなものではありません。 11:23~27

しかし、主が信じる者に用意しておられる計り知れない、重い永遠の栄光と比較するなら軽いと言わざるを得ない。しかも、この患難は今の時の一時的なものに過ぎない。永遠と比べうべくまでも無いのです。

 

*    軽い艱難VS計り知れない重い栄光

ローマ8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。

 

Ⅲ いつまでも続く見えないもの 18節

 

4:18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。

外なる人は「見えるもの」を対象として生きます。しかし、見える世界はどんなに魅力的でも一時的であり、移り変わるものであり、過ぎ去っていくものです!本当に大切なものは目に見えません。信仰も希望も愛も目には見えません。しかし、それこそいつまでも残るものです。Ⅰコリント13:13 見えないということは無いということではありません。それは霊的な永遠の世界、神に属する世界。それは現実的なものであり、目に見えるどんなものより確かなもの。目に見える環境以上に確かな現実である神を見て信仰によって生きる。そこに希望があるのです!コロサイ3:2 あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。

見えないものに目を留める