ネヘミヤの祈り     ネヘミヤ1章                     2015/5/28

 

神から離れたユダ王国はエレミヤの預言の通りBC587年に滅ぶ。神の都エルサレムの城壁は崩され、神殿は焼かれ、民はバビロンに捕囚。しかし、ペルシヤ王クロスの命令によるゼルバベル指導のエルサレム帰還536年した。ハガイ、ゼカリヤの神殿再建が520年。エズラの帰還(神の民の建て直し)が458年。しかし、エルサレムは悲惨な状況にあった。そのような中でネヘミヤの帰還があり城壁は再建される。445年。

 

Ⅰ  ネヘミヤの見たエルサレムの悲惨な現実 1~3節

  

「あの州の捕囚からのがれて生き残った残りの者たちは、非常な困難の中にあり、またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼き払われたままです。」との知らせを聞いてネヘミヤはすわって泣き、数日の間、喪に服し、断食して天の神の前に祈った。

 

* ネヘミヤは王宮にあって安全な所にいたが同胞の悲惨な状況を聞いて心を痛めた。今日の日本、世界の悲惨な現実に目を留めよ。毎日のニュース、身の回りの出来事に心を留めよ。

ピリピ2:4,:5 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。

 

Ⅱ ネヘミヤの悔い改めと祈り 4~7節

 

律法への不従順が神の怒りを引き起した原因であると捕囚の体験者たちが語り伝えてきたことだろう。ネヘミヤ自身は信仰的に正しい人であって,律法の常習的違反者ではなかったが,信仰の共同体としてのイスラエルの一員として,罪を犯した者のうちに自分を含めて罪の告白をする.

 悔い改めは祝福の始まり 9節にある悔い改める者に対する主の素晴らしい約束。現在の悲惨の根本原因は律法から離れ神に反逆したことからきている。7,8節 

 

Ⅰヨハネ1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

 

Ⅲ ネヘミヤの執り成し 8~11節

 

 捕囚や苦難を当然の報いと認めつつも,主に〈立ち返〉る(9),悔い改めることで,神の憐れみにより,必ず集められ,復帰出来るという主の約束に訴えて,ネヘミヤはとりなしの祈りをささげた。エルサレムの惨状に対する信仰的な痛みをもって熱心に祈ったのはネヘミヤだけでなく,〈あなたのしもべたち〉(11)もいた.誰であるかは明らかにされていないが,主は必ず真実な神の民をいつも残しておられる事実を教えている(参照Ⅰ列19:18)

 すべては祈りから。行動の前に主の御心を求めて祈る!祈れば大丈夫。問題がどんな種類であろうと、どんなに大きかろうと。主の贖いに頼る。主に委ねよ。信仰をもって祈る。

祈りと行動はセットである。祈りつつ行動したネヘミヤ。彼は実際に手足を動かした。真の信仰は行動をもたらす。座して待つのではない。城壁の再建のために具体的に彼らは神のために手足を動かした。敵の非難、攻撃の中で片手に武器を持ちつつ働き城壁を再建した。

 

祈り:天の父なる神様。私に自分のことばかりでなく他の方の苦しみを悟る愛の心与えてください。また、祈る時、あなたの約束を握りしめ、信仰をもって祈ることができますように。そして、祈りと共に問題解決のために自分の手足を動かすものとならせてください。アーメン

ネヘミヤの祈り