イエス様の愛と御力に対する信仰の力 ルカ18:35~43 2015年3月19日

 

* 今日の個所はイエス様の愛と御力に対する信仰の力について学びます。

 

Ⅰ この盲人の信仰の素晴らしさ

 

18:41 彼が近寄って来たので、「わたしに何をしてほしいのか。」と尋ねられると、彼は、「主よ。目が見えるようになることです。」と言った。

 

エリコはエルサレムから約25キロのところにある古い町です。群衆が通っていくのを耳にしたのは道端で物乞いをしていた一人の盲人です。その一行がイエス様だと聞くと大声で「私を憐れんでください」と叫びたてたのです。たしなめられてもひきさがりません。ご存知のようにこれはイエス様の最後のエリコ通過でした。このチャンスは二度となかったのです。彼は目の前にある「今」という機会を逃がしませんでした。何故、彼がこのように叫び立てたかと言えば「イエス様にはお出来になる」という信仰があったからです。彼はイエス様の奇跡の話、特に多くの盲人の目を見えるようにしたと聞いていたのでしょう。そのイエス様が今目の前を通って行かれるのです。叫び立てずにはいられませんでした。しかも、イエス様はこの物乞いに過ぎない私の願いも聞いてくださると信じていました。イエス様の愛と憐みに対する信仰です。そしてイエス様に「主よ。目が見えるようになることです。」と自分の願いをストレートに言ったのです。

 

Ⅱ イエス様の愛と御力

 

18:42 イエスが彼に、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを直したのです。」と言われると、

18:43 彼はたちどころに目が見えるようになり、神をあがめながらイエスについて行った。これを見て民はみな神を賛美した。

 

 人々からたしなめられても「私を憐れんでください」と叫び立てる盲人の声にイエス様は立ち止まります。そして彼をそばに連れて来るように言いつけられました。近寄って来た盲人に「わたしに何をしてほしいのか。」と尋ねられます。「主よ。目が見えるようになることです。」と彼は答えました。イエス様が彼に、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを直したのです。」と言われると、彼はたちどころに目が見えるようになったのです。

  イエス様の目には物乞いも大富豪も変わりはありません。高価で尊いと呼んでくださり、愛しているとおっしゃってくださるのです。そして私たちを悩ませている問題に御力をもって解決してくださるのです。

 

Ⅲ 主の癒しの結果

18:43 彼はたちどころに目が見えるようになり、神をあがめながらイエスについて行った。これを見て民はみな神を賛美した。

 

 目が見えるようになった彼は神をあがめながらイエス様について行ったのです。癒しの結果は神様を崇める生活であり、イエス様について行く生活です。私たちに信仰はあるでしょうか?それこそ主に喜ばれるものです。

 

へブル11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

 

祈り:恵み深い天の父なる神様。イエス様の十字架の死によって私たちを律法から解放してくださったことを感謝します。よみがえられ生きておられるイエス様と固く結ばれ、神様のために実を結ぶ今日一日とならせて下さい。主イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン

イエス様の愛と御力に対する信仰の力