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パンの奇跡 マルコ6:30~44 2015年2月26日
パンの奇蹟は,イエス様の復活を別にすれば,四福音書のすべてに記録されている唯一の奇蹟である(マルコ6章、ルカ9章、ヨハネ6章)。これはイスラエルの民が荒野で神からマナを与えられた奇蹟を思い起こさせるものであり、民を養う神のわざをイエス様が再現し,彼がメシヤであることがあかしされたのである。
Ⅰ 主イエス様のあわれみーかわいそうにー神様の心 34節
6:34 イエスは、舟から上がられると、多くの群衆をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。
ここには飢えた者、貧しい者、悲しんでいる者、苦しんでいる者に対するイエス様の愛の心がよく表されている。羊は弱く迷いやすい。羊飼いがいなければ羊は生きていくことができない。羊飼いのもとにいる時には平安がある。羊飼いは羊を守り導く。実にイエス様は良い羊飼いである。「かわいそうに思われた」「深くあわれまれた」これは強烈な心情の動きを表す言葉。これは「スプランクナ:内臓」から出ている。ヘブル思想では内臓は人間の深い感情の宿るところと考えられていた。心底から激しく動かされて、積極的にあわれみの働きをせざるをえない心を示している。ここにイエス様の宣教の動機を見出す!それがイエス様のみ業の動機!神様の苦しんでいる人間への深い思い、そのことのゆえに、救いのために主は十字架で苦しまれた!
Ⅱ 感謝する心―天を見上げる信仰 41節
6:41 するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられた。また、二匹の魚もみなに分けられた。
5千人に5つのパンで感謝できるか?2匹ばかりの魚にかんしゃできるか?人間的計算では到底足りない。(しかし人の計算と神様の計算は違う。五つのパン+イエス様はすべてを満たす!)イエス様は感謝された。感謝する心、これこそ神様が私達に求めておられること。無いものにではなく、あるものに目をとめよう。そして感謝しよう。それをイエス様のところに持ってこよう!そこに神様のわざが起こる!
Ⅲ 神の豊かな満たし 42~44節
6:42 人々はみな、食べて満腹した。
6:43 そして、パン切れを十二のかごにいっぱい取り集め、魚の残りも取り集めた。
6:44 パンを食べたのは、男が五千人であった。
私たちの神様は無から有を呼び出される神さま!天からマナを降らせて2百万のイスラエルの民を40年間荒野の中で養われた神は私達の5つのパン、2匹の魚を用いてみわざをなさる。
ヨハネ6:11「そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。」 ハレルヤ!
神様には無限の供給がある。神様を見上げよ。自分ばかりを見るな。それは信仰ではない。神様を見上げよ!
祈り:神様、ない物ばかりに目を留めるのではなく、あるものに目を留め感謝する者にならせてください。アーメン