神様の完全な脚本(悲劇の中にも神様の守りと救い)  Ⅰサムエル30章  2015年1月8日

 

序) サウル王を恐れペリシテの地に逃れたダビデはしばらくはうまくやって行った。しかし、ペリシテの王アキシュに従ってイスラエルと戦わなければならない状況に追い込まれた。しかし、ペリシテの領主たちの反対により戦陣から返される。帰ってみると彼らの町は留守中アマレク人に襲われていた。町は火で焼かれ妻子は連れ去られた後であった。しかし、主によって奮い立ったダビデは追撃しアマレク人を倒し、妻子を奪い返し、分捕り物を勝ち取る。そしてその一部を世話になったユダの長老たちに送った。

 

Ⅰ どんな状況でも失望落胆するな 人生には曇りの日も雨の日もある。また嵐の日もある。

 

・ ダビデはペリシテ人の首長たちに疑われ,戦陣から送り返された。

・ アマレク人がダビデの留守中にツィケラグを襲った。町は焼かれダビデと部下の妻子は奪われた。

・ ダビデの部下たちはその悲しみのあまりダビデを石で打ち殺そうとした。

* しかし、それらすべての状況を神様はコントロールしておられる。ペリシテ人の領主の反対によりダビデは同胞イスラエルと戦うことから免れた。またダビデがツィケラグに帰ったタイミング。もう少し遅れれば取り戻せなかったかもしれない。アマレク人がダビデたちの妻子を殺さなかったこと。アマレク人の奴隷が病気で捨てられていたこと。アマレク人が多くの家畜を奪ったこと(そのことにより速度が遅くなって追いつけた)・・・それらはすべて関係がある。空の雀1羽さえ神に許しなしには地に落ちない。どんなことがあっても慌てふためかないで主を待ち望むということ。主はご自身の計画を持っておられ、失敗することはない。

 

Ⅱ 神に祈り求めよ ―苦難の日には主を呼び求めよ。―

 

・ しかし、その様な困難な状況の中でダビデは彼の神、主によって奮い立った。

30:6 ダビデは非常に悩んだ。民がみな、自分たちの息子、娘たちのことで心を悩まし、ダビデを石で打ち殺そうと言いだしたからである。しかし、ダビデは彼の神、主によって奮い立った。

・ 30:7,8 ダビデが、アヒメレクの子、祭司エブヤタルに、「エポデを持って来なさい。」と言ったので、エブヤタルはエポデをダビデのところに持って来た。ダビデは主に伺って言った。「あの略奪隊を追うべきでしょうか。追いつけるでしょうか。」するとお答えになった。「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」

 

* 悲劇的な状況の中で問題解決のためにエネルギーを注ぐより誰のせいかと犯人捜しをし、誰が悪いかと責任追及をする人間の弱さ。全員が意気消沈し、部下は反逆し、ダビデを石で打ち殺そうとしそうな中でダビデは主によって奮い立った。ペリシテの地に逃れてからはじめて彼の口から主の名が出てくる。彼は主により奮い立った。ここにきて主に伺うダビデの姿。ダビデの信仰の回復。問題を主の前に持ち出す。静まって主を待つ。主の導きの声を聴いたダビデ。なすべきことを示してくださる神様。

 

詩篇50:15苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。」

Call upon Me in the day of trouble;I will deliver you, and you shall glorify Me."

 

Ⅲ 主への従順と神の救いのわざ

 

「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」との主のことばを聞いてダビデは追撃を始めたが、疲れて200人は一緒に行けなかった。残りの400人と共にダビデはアマレクの略奪隊の後を追った。そしてアマレクを破り彼らの妻子全員を取り戻した。この救出は決して棚からボタ餅ではなかった。ダビデは全力で救出のために行動し、自分の手足を動かし汗を流した。それがなければ妻子たちを取り戻すことはできなかった。

またそこに神の導きと助けが備えられていた。この奇跡的な救出は神のとの協力の賜物。

 

神はアマレク人の奴隷が病気になってそこに捨て置かれたり、またペリシテの領主たちの反対による帰還、その時期・・・での助け。

 

ダビデとその一行は主の言葉を信じ懸命に略奪隊の後を追う。そしてすべてを取り戻した。先を急ぐ中にも倒れている病人を助ける愛の心とゆとり。(それとは知らず)しかし、それが救出のカギとなる。(情けは人のためならず)

 

祈り:父なる神様、苦難の時に犯人探しや責任追及に走るのではなく、また失望落胆して自己憐憫に陥らないようにお守りください。あなたを呼び求め、全力であなたのおっしゃることに従い、神様の栄光を見るものとならせてください。アーメン

 

神様の完全な脚本(悲劇の中にも神様の守りと救い)