コロサイ3:12~17  ヨエル2章12,13節 2014年2月20日

 

2:12 「しかし、今、――主の御告げ。――心を尽くし、断食と、涙と、嘆きとをもって、わたしに立ち返れ。」

2:13 あなたがたの着物ではなく、あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、主に立ち返れ。主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださるからだ。

 

ヨエル書の中心となる主題は「主の日」である.ヨエルは,主の日が近いこと,それが非常な速度で近付きつつあることを預言する(1:15,2:1,3:13‐14).いなごによる天災とそれに続く災害は,恐ろしい主の日が接近していることの神様の警告である(1:15).ヨエルにとっては,主の日は審判と救い(回復)の日である.ヨエルはいなごの災害によって神様の審判の接近を伝え,民に悔い改めを迫った(2:12‐17).人々はヨエルの使信に応え,審判は回避された(2:18‐27)

 

 

 

〈心を尽くし,断食と,涙と,嘆きとをもって,わたしに立ち返れ〉.神様は人間が全存在をかけて心から悔い改めることを要求しておられる.神様のところに帰ってくることを求めておられる。それは心を入れ替え、神様に背を向けてきた生き方から神様のほうを向いて生きていく方向転換である。悪の道から向きを転じて真実に神様のところに立ち返る時,儀礼的な〈断食と,涙と,嘆き〉の悔い改めは,初めて意味あるもの,内容あるものとなるのである.着物を引き裂くことは,通常の嘆きの表現であったが,そのような外的な表現では不十分である.むしろ〈心を引き裂〉くことが必要である.当時のイスラエルの思考においては,心は,身体,知性,感情のすべての属性を持つ人間存在全体の中心を表す.〈心を引き裂〉くことは,根本的な心の変化,つまり,人生のすべてについて全く異なる見方を採用することを表す.

 

 

なぜ〈主に立ち返れ〉という招きが繰り返されるのか?その理由は,〈主は情け深く,あわれみ深く,怒るのにおそく,恵み豊かで,わざわいを思い直してくださるからだ〉.ヨエルが描く神様のご性格は,シナイで神様がモーセに対して宣告されたものと同じである(出34:5‐9).神は窮乏の背後に立っておられて,人間がひれ伏し,悔い改めて,救いの御手にすがり,御手から祝福を求めるようになるのを待ち受けておられるのである.神様は民が真の悔い改めに目覚め,おのれを省みて神様に立ち返り,神様との生きた関係を刷新し,また強固にすることを求めておられる.主は民の悪をさばくことを決められたが,もし民がその悪の道を変えるなら,主も御心を変えて,意図したさばきを〈思い直〉されるのである.

 

 

※ 問題がある時、私たちはそのことだけに振り回されてしまうことがある。しかし、大切なのはそのような状況になった根本の原因である神様と自分の関係を正しくすることである。その問題を人のせいにしたり環境のせいにしてはならない。神様の前の自分の本当の姿を知り、悔い改めること、すなわち神様のもとに立ち返ることである。その時に主との親しい交わりが回復されるだけではなく、「情け深く,あわれみ深く,怒るのにおそく,恵み豊かな」神様が私たちの罪を赦し、イスラエルからイナゴの大群を取り除かれたように私たちの問題をも解決してくださるのである。

 

ヨエル2:32 しかし、主の名を呼ぶ者はみな救われる。

「主に立ち返れ」