慈愛の父、慰めの神 Ⅱコリント1:1~11 2014年10月2日

 

* クリスチャンもさまざまな苦難を経験します。しかし、その苦難には必ず意味があります。いったいどのような意味があるのでしょううか?

 

Ⅰ 神様は慈愛の父、慰めの神 (神様はどのような方として表されていますか?)3、4節

 

1:4 神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。

 

神様は慈愛の父です。そしてどのような時にも慰めてくださる神様です。 (彼の経験した苦しみはⅡコリント11章に出ています。)また神様は慰めの神です。神様の慰めを体験してください。神の御前に近づき、苦しみの中で神様と出会い、体験してください。私達の経験する様々な苦しみ、病気、事故、仕事上のこと、経済、夫婦、親子関係・・・。パウロの経験したようにあなたも神の慰めを経験することができます。

 

Ⅱ 慰めを受けるのは慰めるため 4~6節 

 

1:6 もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたの慰めと救いのためです。もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの慰めのためで、その慰めは、私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐え抜く力をあなたがたに与えるのです。

 

苦しみの中で神の慰めを経験した人は特別に同じ苦しみにあっている人を助けることができます。クリスチャンも苦しみに会うことがあります。それは「もはや自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためです。神は全能者です。この方に信頼することです。 

 

Ⅲ 祈りは共に感謝するため (パウロはなぜコリント教会の人々に祈りを要請しているのですか?)11節 

 

1:11 あなたがたも祈りによって、私たちを助けて協力してくださるでしょう。それは、多くの人々の祈りにより私たちに与えられた恵みについて、多くの人々が感謝をささげるようになるためです。

 

パアロはこの恵みの経験を今後コリント教会が祈ることで共有することを期待します.パウロのために祈り,パウロを救い出される神の恵みに感謝の祈りをささげることで,コリント教会がパウロの経験をわが事として味わい,信仰の恵みを受けるだろうと期待するのです。(11)私たちが兄弟姉妹のために祈ることは、主の恵みを共に体験し、感謝をささげるためなのです。

 

設問

① あなたがこれまで経験した一番大きな苦しみは何でしたか?あなたはその時どうしましたか?神様はどのように助けてくださったのですか?

② あなたのその経験は誰のために、どのように助けとなりましたか?またこれから自分と同じような苦しみにあっている人のためにどうしたいですか?

③ あなたの祈りの課題を誰かに話しましょう。また誰かから聞いた祈りの課題を祈りましょう。

 

* 祈りの課題を分かち合いましょう。そして他者のために祈りましょう。自分のできることをイエス様の愛を込めて行いましょう。

 

「慈愛の父、慰めの神」