神様の栄光を現すために    Ⅰペテロ2:1~10  2015 /8/27
 

今日はイエス様を信じて救われ、神様の子になった人たちの成長ということについて見てまいりましょう。

 

Ⅰ みことばを慕い求める 1,2節

 

* 成長のために捨てるべきもの

2:1 ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、「すべての」に注意。神の基準に生きることを願うことです。その捨てないものがわなとなる。それが神様とのしきりとなってしまう。それらは神の子にふさわしくない。神の子の成長を妨げる。 神様に捨てるように示されている悪習慣、悪口、偽善、ごまかし・・・それらをきっぱりと捨てること。それらは神の子にふさわしくないこと。真剣に対処せよ。自分の魂に益とならない、プラスにならない、むしろ害になるものをきっぱりと捨て去ること。金、異性、名誉欲、悪い習慣・・・

 

* 成長のために求めるべきこと(継続)

2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。

 

(命は成長する。)成長のためにみことばの乳を慕い求める(継続)

神様の御言葉こそ成長に必要なもの。真剣に御言葉に聞き従うときに成長する。信仰の年数だけではありません!どれほど真剣にみことばに耳を傾けるか?また取り組むか?御言葉の実践、適用。(あなたの生涯を変えた御言葉は・・・?救いだけではなく成長も大事)規則正しく読む、学ぶ、自分の生活に適用する。「読む前に祈り、規則的に読み、期待―主が語りかけてくださるーをもって読む、喜びを持って生きる(従う)」御言葉を慕い求めるということは主ご自身を求めるということ。主の祈り:「みこころがなりますように」→主の御心を知ることなしには行いえない。だから、毎日一生懸命、主の御心を知ろうとすることが必要。

 

Ⅱ 主のもとに来る 3~8節

 

2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生

ける石です。

2:5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司とし

て、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。

 

「主のもとに来なさい」

神様に招かれている人はどんな人・・・?神様の律法通りに生きることができないことに気づき悩んでいる人、人生に」疲れている人、重荷を負っている人・・・人との比較ではなく神様の前に出て自分の心の貧しさを知り、神様の願っておられるように生きられないことを悲しんでいる人。主のもとに来て主の慈しみを味わう。 信仰生活は自分の頑張り、努力ではない。主の恵み 、主と共に歩む。その時、信仰生活は疲れない。(イエス様も父がなさることを見て行なうとヨハネ:19)

 

Ⅲ 神様の栄光を現すため  9節、10節

 

2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方の素晴らしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。

2:10 あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれ

みを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。

 

選びの目的 それは神様の栄光を現すため!キリスト教信仰は何かを得るためではありません。すでに神の恵みが与えられているのです! 私たちの身分、立場(大きな特権と恵み) ① 選ばれた種族、② 王である祭司、③ 聖なる国民、④神の所有とされた民

 

* 使命をもって選ばれた!(あわれみを受けた目的がある。)

それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。神の栄光をあらわす 宣教のために私たちは救われた。私たちが楽しい生活をするためではない。救いには使命が伴っている。神の栄光を現すとうことは自分の置かれた場所で現すということ。別のどこかに行ってはじめてできるものではない。今のところで、今までしてきたことを主のためにするということ。

 

祈り:神様。この私があなたの栄光を現すために選ばれたことに感謝します。アーメン

神様の栄光を現すために