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「イエス・キリストの系図」 マタイ 1:1-17 2015/11/19
* 今日の個所は新約聖書の冒頭。救い主イエス様の系図についてです。
1 神様は歴史を支配される 1,17節
旧約(救い主を送るとの約束)、新約(救い主が来られたとの約束)と言った方があります。
罪により神様から離れた人類の救いのために神様が救い主を遣わすとの預言(創世記3:15)が時至って救い主イエス様の誕生によりここに実現したのです。どんなことがあっても必ず約束を守られる神様の真実がここにあります。アブラハム、イサク、ヤコブ、ダビデやソロモン・・・彼らは聖書に詳しく生涯が記されています。しかし、バビロン移住の後はどんな人か聖書にはほとんど語られていません。しかし、キリストに至るまでに彼らもまた必要だったのです。(バビロン捕囚以後の人々も救い主の誕生に必要)たとえ注目を浴びようと浴びまいと私たちは自分の神様から与えられた役割を、自分の分を果たすことが大切です。神様は一人一人の営みを覚えてくださっています。
2 神様はどんな民族もどんな罪人も救われる 3~6節
ここには注目すべき4人の女性の名前が出てきます。
タマル:彼女は舅ユダによってパレスを産みました。
ラハブ:彼女はカナン人の遊女でボアズを産んだ女性です。
ルツはモアブ人でした。彼女はオベデを産みます。
ウリヤの妻:ソロモンを産んだ彼女はウリヤの妻でした。彼女をダビデが奪ったのです。
なぜ、尊い救い主の系図にこのような女性の名がわざわざ記されているのでしょうか・・・?隠したいような、恥ずかしい事実を聖書ははっきりと記しています。それは救い主が、罪深い世界に住む私たちひとりひとりの救い主として来られたことを意味しているのです。だからこそ、この世界のどんな民族もどんな罪人も救われるのです。このイエス様によって救われることができるのです!
3 イエス様自分の救い主となっていただく 16節
キリストとは油注がれた者と言う意味です。旧約時代に王,祭司,預言者が,その職務に任命される時,油を注がれました。イエス様は神の国の王、私たちのために執り成しされる大祭司、また神の言葉、最終的な神の啓示である預言者です。イエス様はキリスト、救い主として私たちを救うためにこの世界に来られました。ふさわしい私たちの応答は、まず、このイエス様に救って頂く事、自分の救い主になって頂く事、王となって頂く事が最も大切です。 イエス様は罪人を招くために来られた。悔い改めさせるために。律法は恐れをもたらしても、真の悔い改めに導かない。神との正しい関係。愛の関係。律法は恐れをもたらすことはあっても神様を愛するようにはしない。
レビは来る日も来る日も税金を取り立てる取税人から「人間を取る漁師」12使徒のひとり、マタイの福音書の記者となる。イエス様のところに来て変えられた。イエス様は「罪人」を招くため天から来られた救い主です。イエス様が治められるとき、そこは義と平和と聖霊による喜びの支配する神の国の始まりとなるのです。
祈り:愛するイエス様。あなたが罪人を救うために来てくださったことを感謝します。私は罪人です。私を救ってください。アーメン